イマニシ’ マリエ

website FFLLAATT 連載 会いに行く、旅をしている。
『基準点に、会いに行く。』より

普段、小学生たちと理科実験をするとき、まず机の上にその日の実験道具を無作為にどかどかと置いて、話を始める。
「今日は○△を調べる実験をしたいと思っているんだけれど、どうやったら調べることができると思う? 必要そうな道具はここに用意しておいたから、まずはひとりで考えながら組み立ててみせて。もし足りないと思うものがあったら、言ってくれたら用意してあげるから。」
子どもらの道具の扱いに注意しながら、しばらく黙って見守る。もちろん私は正解に値する状態を知っているのだけれど、答えを最初から言ってしまえば簡単すぎてつまらない。子どもたちが自分の手で道具に触れ、これから起こる現象に対して自分なりの組み立てをしよう、解決への道を探そうという自発的な行為をもって想像力を奮い立たさなければ、面白くもなんともないのだ。現象と、そこから想像されうるものとの間で、自分自身が「基準点」にならなければ。

2011年の年末。
冬木くんが展示をしているらしいので、日が暮れてから家を出て、京都市左京区は浄土寺にあるHI-NEST BLDG.に向かうべく、バスに乗った。私はわりと焦っていた。

冬木遼太郎 個展『Saying』。
HI-NEST BLDG.のアパートの一室に1週間ごとに新作を展示するという設定にも関わらず、観覧可能日は一週間にたった3日だけという。
私が展覧会のことを知ったその時には、既に3本中2本の新作公開が終わり、最後の3日間を残すばかりになっていた。(焦っていた理由はこれだ。)
もとより、冬木くんが展示をしているということを、一体どれぐらいの人が事前に知っていただろうか。きっと、友人や知人にも言いふれないままだったんじゃないかと思う。
例えるに、冬木くんは自分からドアを開けっ放しにしている人ではない。そして付け加えるならば、ノックさえすれば、誰にでも気軽にドアを開ける。

展示会場であるアパートの一室。真白く塗装された部屋には、ゴミ袋と時計がことりと置いてあった。
「Radio clock and dust」。
私は、その空間のあまりの清浄さにおののいて、部屋のなかに足を踏み入れられなかった。
書いてみると噴いてしまいそうになるけれど、ゴミ袋と時計のある小さな部屋に、一分の隙も狂いもない清らかさ、小さな部屋いっぱいにはしる緊張感を、私は強く感じたのだ。
部屋に入ることも、身動きもできずに取り残された私の前で、時計の針だけがするすると音もさせずに進んでいる。その時計は、けして狂わずに進み続ける、新品の電波時計だった。その流れのなかで、時を止められたゴミ袋は「基準点」としての役割を果たしている。
それは、冬木くんの作品をみた私の頭のなかで、よく立ちあがるものでもあった。

私たちは同じ大学を同じ時期に入学・卒業したようだけれど、彼ときちんと知り合ったのは、おそらく彼が京都市立芸術大学の大学院で彫刻をしていた頃だ。その頃からたまに運良く彼の作品を見ることがあったけれど、腰を据えて話を聞けたのは今回が初めてだったかもしれない。ノックする機会に、ようやく巡りあったのだろう。

今回冬木くんは展示会場とは別に、談話室と称した一室を設けて、今回の展示の企画者でもある山田くんと2人、偶然にも会場に赴いた人たちを迎え入れていた。
案の定、広報をほとんどしなかったという2人だったが、「けど、それで来た人って面白くない?」とまるで他人事のようだった。
談話室には、冬木くんのエスキース、作品に向けたメモ書きが山田くんの手によって張り付けてある。
地べたに置かれたディスプレイテレビには、黒い台の上で丸まる猫たちの姿を映し出しているのだが、何かがおかしい。なぜ、小雪がちらつく寒空の下、猫たちは屋根のある場所を選ばず、わざわざ台の上に集まっているのか?
疑問を感じてじっと眺めていると、「あ!」とひらめく。後ろにいた冬木くんにもしやと思いつつ問うと、冬木くんはにやにやと笑いながら、台の下に巨大な湯たんぽを置いて、猫を温めていたことを明かし、私は声をあげて笑った。

エスキースたちは、まるで種明かしのように冬木くんの秩序をあらわにしている。

「WATCHING RAIN」雨を見る。
丁度、今回の展示に向けて、作家の八木良太さんが文章を寄せていた中に、冬木くんが「半年前の雨」を貯めた作品を作っていた、という話があった。
それを聞いた私の脳内で、見たこともない半年前の雨と、それを貯めたという冬木くん、その話を覚えていた八木さんという、点が浮かび、繋がって線になる。そして雨の音や匂いも、引き寄せられ、立ち上がる。
点と点を繋げて線にすれば、それは平面になるものかもしれないが、冬木くんのそれには、例えるに「雨を貯めよう」と思った、彼の判断、感情が内包されていて、それは過ぎゆく時間と同じく、平面に奥ゆきを与え、またモノとしての形を立ち上げさせる。

底冷えする談話室でお茶を飲みながら、山田くん冬木くんと話をしていると、冬木くんは「中身のかわりに、感情があるんじゃないか」とぽろりと語った。(そして私は、彼の作品を、彫刻だと思っているのは、そこにあるのかもしれないと思った。)

目にしたモノや現象から、無数の点や線が無尽蔵に生まれ、そして感情は引き出される。
雨に、時計に、丸まる猫、父親のいびき、すべてに。
彼の「山に道をつくる」という作品にも、そういった彼の性質がうまい具合に出ていた。秩序とは、自身が歩いたなかで誰しも自ずと生まれていくものであり、なにかひとつ所に括っておけるものではない。

思考に形を与えてあげたい。まるで思考そのものだけが立ちあがったように。
(思考から離れ、眺めるために彼は作品をつくっているんじゃないかとも思う。そしてもしかしたらそれはアートじゃなくてもよかったのかもしれない。数学や文学でも良かったのかも。)(どれにしても、自分の身体から離して、そこから眺めたい。そうして、自分の中にあった秩序に、ようやく出会えるのかもしれないと。)

私たちは奇遇にも、たくさんあった選択肢の中から、造形を選んだ。
その行為が、私たちを捉えてやまないものを形作るために、眺めるために、一番適した方法だと思ったからだ。

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生徒たちの組み立てが終わると、その後、「どうしてこのように組み立てたのか」を聞き、私たちは話し合いをする。
「どうしてここにシャーレを置いたの?」
「うーん。たぶんな、僕これを支えてるうちに疲れて、こぼしてまうと思ってん。それで。」
「なるほど。じゃあね、代わりにビーカーを使えばもっと安定するんやない?」
「ああ。」
「それなら立てておけるよね。」

荒削りだった状況に基準点を置くことで、それに対する行為は研ぎ澄まされ、事態を把握した、よりシンプルで安定した構造になってゆく。
「いかがでしょう?」
「いいですね。」
「いいですねぇ。」
「さて、では実験してみましょう。」

授業後に彼らが書いた実験スケッチを見ると、ビーカーに向けて「疲れを助ける」と二重線で書かれていて、また笑った。
使い終わった道具を眺めると、立ち上がり残ったものは、だれに媚びるでもない。しかしそれも、ぽろぽろと零れるほどの感情を抱えている。

だれもいなくなった教室で、これを書いていて、そのなかで、冬木くんにこの話をしたら、どう思うだろうかとか、また想像していた。なぜならこの小学生たちは、冬木くんの作品に対して、とても面白い鑑賞者になるような気がしているんだ。

「基準点」。それが、感情を持ち、判断する私たちだとすれば、想像力をもつ限り、私たちはどんなドアでもノックしてしまえる。
唯一の悩みは、間口が広すぎることぐらいだ。