堤 拓也

個展 “PRESIDENT” フライヤー
『10月23日の覚え書き』より

「我々が母からことばを教わったように、言語のオリジナリティは重要ではない」というような言い回しをどこかで読んだように記憶しているのだが、いくら頑張っても思い出せそうになく、出端を挫かれている。 普通、展覧会のためのテキストは作品やその作家性をうまく包括すべく、哲学家や歴史的偉人の名句を借用し、アカデミックにスタートするものだと勝手に理解しているが、どうやらその欲望は叶わないらしい。
とはいってもそのような主旨であることは間違いないので、あやふやな記憶から進めることにする。
私がその言い回しから解釈したことは、誰のことばを使ってそれを話しているのか? という文字通りのことである。 そして、そこから「今話をしたり感じたりしていることは、果たして自分が素直に見出したことなのか、それとも誰かから教わったことなのか」という問いにまで広げて理解している。

本展覧において、前に立っている(もしくは立たされる)のは、まぎれもなく冬木遼太郎の作品である。 私は作品にかつて最も寄り添っていた冬木遼太郎との対話を通じて、限定的に時間と空間をつくり出そうとしている。 このテキストが書かれたころにはまだ完成していないので、とりあえず「出そうとしている」と書いておくが、この文章が書かれたあとも、あるいは展覧会が終わってしまった後も、関係が破綻するような出来事がない限り対話は続くので、それ自体は限定的でない。
イメージをつくり出す側にとって、その漸進性はことばより先に存在があることだと思われる。 それは作品の萌芽に言語があるわけではなく、目の前に突然イメージが立っていることを指す。 例えば、ふいに描けてしまった緑色の一筆は、予期せぬ係数となって対象や時間や描き手の身体をも表象してしまう。
そのような唐謔ュわからないもの狽Nよりも先に経験するのは、まぎれもなく当人であり、観る側の人間ではない。 唐謔ュわからないもの狽ニ対面した主体は、思考や態度、自分そのものをイメージと接続させるため、生活の中で言語を醸造していく。 つまり作者は、ことば(言語)が存在(イメージ)の後追いなってしまうがゆえに、独自の言語体系や宣言的記憶を獲得していけるのである。
冬木が見出したものは、特に彼自身がことばにしていくことに自覚的であるため、線形となって記録されており、私は対話を通じて彼の経験の道筋を具体的なものとして読むことができる。 企画者としての私はこのような展覧会フォーマット特有のテキストの中で、彼が取得したことばの端々を引用し、作品や展覧会の内容をこの場で説明することもできた。 もしくは、そうすべきだったのかもしれない。 だが、私が彼と対等な熱量を持って前進していくためには、この展覧会を通じて自己の態度性そのものについても考える必要があった。 作品について考えるのは当然のこと、自身が企画した枠そのもの(=展覧会というフォーマット)についても自覚的であることが、対話を実施していく上で必須だったのである。
加えて、冬木の言語そのものや、作品について書いた二次的な意思は、あるいは二次的であるにも関わらず、及ぼす範囲は広くて強い。 企画者の立場上、作家との協同関係の中で持っている好意を差し引いたとしても、冬木の言語系は作品と出会う前のあなたを強く引っ張ってしまう可能性がある。 冬木は本展において「まっしろな状態」で、作品の目の前に立つことを望んでいる。 つまり、彼が経験したプロセスのように、あなたの目の前に、何よりも先にイメージが存在していることを希望しているのである。
よって、企画者はこの場に乗じて作品に具体的なことばを添えることを行わない。

鑑賞者と同じく、私も冬木の作品について同時間的に思考しているのは言うまでもない。 本展においても、アーティスト>キュレーター>鑑賞者という幻想的な図式は存在しないし、そもそも美術とは謎かけではない。 あなたは冬木の作品群から、そのものの瞬間的で複層的な意思を読み取ることができるだろう。 そしてさらに、それが何なのか少しでも考えてしまうだろう。
私は冬木の作品を足がかりにして、企画者も含む全体の言語が拡張されることを望んでいるし、むしろそれこそが本展が発揮し得る最大の利益だと思っている。